村上春樹『ランゲルハンス島の午後』

 最近ようやく本が読めるようになってきたので、集中力の問題から、エッセイや短編小説を中心に肩慣らしをしていこうかという次第です。短編小説<長編小説 ということでは全くなく、短編小説ならではのよさ(テンポ、切れ味とか、描写そのものの味わいやすさとか)、それを見直していくいい機会だと思っています。


ランゲルハンス島の午後 (新潮文庫)

ランゲルハンス島の午後 (新潮文庫)

 こちらはCLASSY誌に連載された、村上春樹、30代中盤頃のショートエッセイ集。半分は安西水丸氏のカラフルな画で構成されているので、さらさらと読めます。連載エッセイという性質ゆえか、年齢的なものか、現在より句読点なんかをいくらか無造作に扱っているような気はところどころでしなくもなかったけれど、全体としてはそう筆致が変わっていないのに驚かされます。
 また、根本として抱えているテーマのうち、この頃からすでにあったのか、と気付くものもいくつか。英文和訳の参考書が好きだった、という話の中で「どんな髭剃りにも哲学はある(サマセット・モームの引用)」という例文を上げているのだけど、これは『走ることについて語るときに僕の語ること』(2007年)の前書きでも大きな存在感を示す一文です。村上さんおなじみの「小確幸*1」という造語も、すでにこの時点で提唱していたのですね。


 「30年近くたっても根っこの部分は変わらないものだなぁ」とも、「そういう抱え方をしている人だからこそ長年書き続けていられるのかなぁ」、とも思う、軽いながらも(軽さゆえに?)年月との対比を楽しめる一冊でした。

*1:人生における小さくはあるが確固とした幸せ、の略