レイモンド・カーヴァー『頼むから静かにしてくれ』

頼むから静かにしてくれ (THE COMPLETE WORKS OF RAYMOND CARVER)

頼むから静かにしてくれ (THE COMPLETE WORKS OF RAYMOND CARVER)

 だいぶ前に読み終わっていたのですが、備忘録として。
 THE COMPLETE WORKS OF RAYMOND CARVERの第1巻、短編集。訳者村上春樹の「解題」の章に、「情けない男シリーズ」という言葉が出てくる。まさにその通り、出てくる男は妻に不貞され(問い詰めたくせに実際にそれを聞いても処理できないのだ)、生活には常に貧しさが漂い、いったん犬を捨てたものの後悔して探し回る。これらのテーマに移入しづらいのは、入り込んでしまうとその情けなさが身に浸みすぎてしまうからか。無意識のうちにブレーキをかけて読んでいるのだと思う。それだけのリアリティーがあるということだ。
 テーマに入り込まない分、文体のそぎ落とされたような強さ、軽さにひしひしと身を置くことができる。部屋全体をわしづかみに描写するのではなく、手のついた所から順番に灯りで照らしていくような、ミニマルな画の連続が特徴だ。直前にアップダイクを読んでいたせいか、その描き方が非常に対照的だと思う。

 カーヴァーの視点はいちばん近いところから始まる。たとえば、目の前にある一杯のビールから始まる。それを注文するときのなけなしの小銭の感触から始まる。もう一杯飲みたいと思う。でも金がない。そういう渇きから始まる。(P.498)

 今のところ、全集の続きをぶっ通しで読みたいとは全く思わないのだけれど、他の雑多な本を読んで、ふと、「一度プラマイゼロの地点に戻りたいな」と感じた時、続きを読むのだと思う。そういう場所があると知っているのは、今後の読書にとってありがたいことだ。