岸本佐和子『気になる部分』
- 作者: 岸本佐知子
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 2006/05/01
- メディア: 新書
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演劇とかお笑いとかもそうだけど、元が内向的な人の方がものを作り込んだ時に面白い、ということはよくあって、この本もそういうタイプ。学生時代に陰陽の「陰」側に属していた人が、大人になってものすごくいい意味ではじけている。幼稚園時代のルサンチマンまで掘り起こして、かつあっけらかんと面白く仕上げる手さばき。ネガティブかくありたし、と思わせる一冊。
「私の健康法」というお題では、ひがんでばかりではいかん、ポジティブ・シンキングにならなければ、と手をつけてみる。結果がこれ。
物の本によれば、いちばん手軽な方法としては、寝る前になるべく楽しく美しい光景、たとえばきれいなお花畑などをイメージするというのがある。これなら簡単だと思い、ある晩さっそく試してみた。
(略)と、黄色いじゅうたんの中ほどに、何やら黒い物がうごめいている。(略)なぜか河童が一匹こちらに背を向けてうずくまり、花をむしゃむしゃ食っている。これではせっかくの美しいイメージが台無しである。たしか河童は皿の水が干上がれば死ぬはず。そこで太陽をものすごく巨大にして、花畑のすぐ上まで降ろしてみた。すると河童は頭の皿から湯気をたてながら苦しみ悶え、ぐぇぇぇなどと醜い断末魔の声を上げて絶命した。やれやれと思ったのも束の間、太陽の熱でお花までがチリチリと焦げはじめ、あっという間にあたりは一面火の海、阿鼻叫喚の灼熱地獄、いかんと思ったが後の祭、睡魔に飲み込まれてたちまち前後不覚となった。
こんな調子ですよ。で、こんなことを続けていたら夢見が悪くなったので、ポジティブ・シンキングは諦めたそうな。割と序盤の一編なのだけど、すでにこの時点で「いいぞ、それでこそ岸本さんだ」と思わせるほどにエンジンはかかっている。
岸本さん個人の妄想力だけでも十分腹を満たせるのだけど、ヘンな人を周囲に集める力、あれは何なんだろうね。満員のO線で出会う「キテレツさん達」は、自分も多少思い当たるからわかる気がするのだけど、「ヨコスカさんのこと」、あれは本当に何なんだ。勤め人時代の取引先の人で、一見美青年なのだそうだが、繰り出す技にジャブもストレートもない、ひたすらフック・フック・フックな言動のヨコスカさん。本当にいるのか、ヨコスカさん。今何をしてるのか、ヨコスカさん。他にも、勤め人時代のエピソードはどれも切れ味よく、随分笑わせてもらいました。
個人的に一番のフェイバリットは、「このあいだ、レストランで盗み聞きした会話」。これはエッセイというか、すでに短編小説だよね。子供の頃の大事なことを思い出すような素敵なストーリー。